04


信じない、と繰り返される拒絶の言葉に猛は優しさの欠片も見せず更に切り込む。

「裏切られるのが怖いか」

「なに、言って…」

「信じられねぇんじゃなくて信じねぇ。つまりはそういうことだ」

ぐっと息を詰め、動揺に揺れた心を俺は唇を噛んで押さえつけた。
綺麗に感情を消し去って涙で滲む視界で猛を睨み付ける。

無遠慮に心に踏み入り、触れてくる猛が煩わしい。

「それがどうした。俺は…信じない。だってそうだろ?俺はアンタに金で買われた。人を金で買うような奴の何を信じろっていうんだ」

「なら訊くが、今此処で俺がその契約を破棄するといったらどうする?」

元凶である草壁 良治の身柄はすぐにでも取り押さえられる。

「なに…言ってんだ。そんなの有るわけねぇ…」

この猛の言葉こそ危険だ。聞いてはならない。
これ以上はと、俺は視界を閉ざし、密着した身体から伝わる熱を片手を突っ張って押し返す。

「いいだろう。お前の身は今から自由だ」

それは契約を破棄するということか。
目を見開き、俺はその言葉を信じきれずに息を呑んだ。

ゆっくりと持ち上げられた猛の右手が、輪郭をなぞるように俺の頬を滑っていき、見上げた視線の先で猛はゆるりと口角を上げた。

「ただし、その心は俺のものだ」

「どう…っ…ん!」

するりと顎にかけられた指先に顔を上げさせられ、気付けば唇を重ねられていた。

「ン…ふっ…やめっ…」

下唇を甘噛みされ、食まれる。ジンと走った甘い痺れに唇を震わせれば、その隙に口内へと熱い舌が侵入してくる。歯列をなぞられ、奥へ逃げた舌を容易く絡めとられる。

「…んんっ…ん…っ!」

ひたりと見据えてくる漆黒の瞳は鋭く、俺の全てを見透かす。

「拓磨」

突然された激しい口付けに上手く息が出来ず、目眩がする。じわりと目尻に浮かんだ滴が音もなく静かに零れた。

「よく覚えておけ。俺の熱を」

「っ、はぁ…は…っにを…?」

酸素不足で朦朧とする意識の中、腰を抱かれ、耳に寄せられた低い声が囁くように告げた。

「今からお前を抱く」

「なっ、やめっ…!」

グッと腰を密着させられ、顎にかかっていた手が俺の背を上から下へと性的な意図を持ってなぞっていく。

「…ぅ…あっ」

ぞくりと走った震えに俺は堪えきれず頭を左右に振ってその感覚を拒む。
尾骨に辿り着いた指先が、病院着を掃いた臀部の窪みをぐっと強く押し上げた。

「っ……!」

「怖いか」

びくりと揺れた肩に気付いた猛が強引に事を進める指先とは裏腹に優しい声音で聞く。

猛が何をしたいのか俺にはもう何も分からない。…いや、きっと、この言葉も正しくない。
正しくは、俺は猛という人間が何をしたいのか、どんな人間なのか初めから知らなかったし、知ろうとも思わなかった。

「何が怖い?…俺か?…人か?…それとも」

「…ぅ…くっ…」

「愛されることか?」

「――っ」

そして、いつものように強引に奪うのではなく…与えられる熱に、俺はもう…。

限界だった。
ボロボロになった心は偽りを重ねられなくなっていた。
嘘を…吐けなくなっていた。

いつの間に俺はこんなに弱くなっていたんだろう。
追い詰められていたことにすら気付かなかった。

震える手で猛の上着をぎゅぅと強く握った。








Side 猛



追い詰める手を止めれば、震える拓磨の手が強く俺の上着を握る。

俯いた拓磨の瞳からは涙が零れ落ち、噛み締めた唇から圧し殺したような嗚咽が漏れた。

「ふっ…くっ…っ…」

三度目は無いと言いながら、そうと気付かせぬように優しく残酷に、拓磨の狭い世界を壊した瞬間でもあった。

ふっと薄い唇が酷薄な笑みを形作る。
元より俺は優しさなど持ち合わせていない。

「…拓磨」

拓磨の顎を掴み顔を上向かせるとその頬を流れる涙に唇を寄せる。

「受けいれろ」

その目に映るもの全てを。
気付かずにいた弱い心も。
否定し続けてきた生きたいと願う心も。
失う怖さから心の奥底に沈めた…愛されたいと泣く心も。

「お前が欲しいものは今ここにある」

そして縋れば良い。
求め、欲すれば良い。

自らの意思でこの手の中に落ちて来い拓磨。

「ただ一人お前だけを愛してやると言っただろう?」

動揺に揺れた心を捉えた台詞をもう一度、震えるその身へ伝えてやる。

「っ…ふっ…ぅ…」

心が手に入れば身体は後でも奪える。
抱くのを止めにしてただ静かに、ボロボロになった拓磨の心と体を腕の中に抱き締めた。

…正直ここまで自身を狂わされたのは初めてで、酔狂な真似をしていると自分でもつくづく思う。

たかが十九の餓鬼に振り回されて俺は一体何をしてるのか。
日向あたりが居たら煩く騒ぐに違いない。



どうやら拓磨が姿を消したあの日あの時を境に、分岐点に立たされたのは俺も同じだったようだ。



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